南国市の小学5年生が、
母親の内縁の夫からの暴力で死亡した事件。
救う機会が何回もあったのに、と関係機関は遅すぎる後悔を繰り返す。
私も胸の奥の方で忘れかけていたキズがチクリと痛んだ。
小学生の頃、子どもと同じクラスの子、名前はもう覚えてないな。
A君はある時から急に遊びに来るようになった。
そんなに親しくしてるわけでも無さそうだけど、
我が子は「来る者拒まず」型なので、どこの子かも詮索せず家に上げた。
A君はそのうち幼い弟も連れてやってくる。
毎日のようにやってくる。
日曜日の朝、ゆっくり休んでいても7時になったら必ずやってくる。
「もう、うんざり、何とかしてよ、あの子

」
「こんな時間に遊びによこすなんて、非常識な親よね

」
そんな気分になっていたある日のこと。
他のお友達は帰ったのに、A君だけはいっこうに帰ろうとしない。
「そろそろ帰らないかんがやなぁい?」
そう声を掛けると、
「・・・・僕、・・・家出してきたが」
と小さくつぶやく。
内心(面倒なことになったなぁ

)と困惑しつつ事情を尋ねると、
A君ははまだ小学校の中学年なのに家事を全て任されているという。
中学生の兄姉もみんな学校を休みがちで働いているという。
その日、朝ご飯か何かの準備が出来ていないことを父親にひどく叱られ、
怖くて逃げてきたと。
これまでにも何度か逃げたけど行くあてもなく、
明るい街灯のそばでしばらく佇んで、仕方なく帰宅していたこともあるそう。
そして、「うち」という居場所にA君は救いを求めてきたわけです。
当時、「児童虐待」とかって言葉に馴染みはなかった。
そんな状況にもうとかった。
いきなり他所んちの深刻な事情が平和な我が家に持ち込まれ、
私はとまどうしかなかった。
児童相談所?そんな機関、あることさえ知らんかった。
どうすればいいのかさっぱり手だてが浮かばず、
慌てて学校の教員に連絡つけて来てもらった。
そして、先生はA君を家に連れて帰ったんだと思う。
きっともっとひどく叱られたよね。大丈夫だったのかな。
あの時の私に他に何が出来たのか、何をすべきやったのか。
目の前でSOSを発している“他人の子”を適切に救うって、
理屈で言うほどたやすくない、って感じた。
つくづく、無力なおばちゃんやったなぁ。
A君、ゴメンよ・・・・。
あれからもう10数年、彼はその後どうしてるんだろう。
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posted by 智子 at 20:38| 高知

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