1994年、自治省(当時)の呼びかけで47都道府県でほぼ同時に地域づくり団体協議会が誕生、
高知県では160団体を超えるネットワーク組織として「こうち元気者交流会」が発足し、
当時まだ「無名」に近かった私が初代代表幹事に選ばれました。
大勢のメンバーの意見をファシリテーショングラフィックで整理した、
発足準備段階での新しい会議スタイルが評価されてのことでした。
けんど裏話をすると、長年のキャリアを持たれる重鎮クラスが複数名いらっしゃり、
誰になっても足の引っ張り合いが生まれそうと懸念した数名からの提案、
「ここは若い人に任せてみようじゃないか」がすんなり通っちゃった、というのが実情だったわけで^^;
東京で開催された第1回目の全国協議会に参加した折にたまげたのは、
47名中ただ1人の女性代表だったということ。
さらに最年少。
さらに唯一の肩書きなし。県の部長クラスか、大学教授か、専門機関の代表というお歴々の中に
めっちゃ素人な私がポツリ異彩を放ってたわけで。
「県の職員が代理出席」しちゅうと思われてました。
後日とある県から「こんな代表を選んだ高知県に視察に伺いたい」という申し込みがありました。
やってきた県職員、2時間の取材の最後にこう仰った。
「失礼ながらつかぬことを伺いますが、
代表はくじ引きかなんかで決められたのですか?」もはや珍獣扱いに等しい(笑)さて、発足した元気者交流会ですが、
「ネットワークをつくること」が目的になっちゃ何の意味もない、
「ネットワークから何を生み出すか」が肝心とばかりに、
様々な取り組みを仕掛けました。
恵まれたことに、当時は潤沢な予算が付けられていましたので、
講師を招いての学習会や県外視察も積極的に取り組みました。
何より、重点的に仕組んだのは、
東西、海山、県下に散らばる『元気者』たちが、
互いの活動を
「知る機会」を持つことでした。
音楽や演劇など文化的活動を主とする団体、
環境やまちづくり活動を行なう団体、
一次産業や特産品づくりに取り組む団体、
それぞれが出会い、化学反応が起きれば、
もっともっと魅力的な活動が生まれる可能性を秘めている!
毎日のように県庁の担当課に出向き、予算書や事業案とにらめっこ。
私が行けない日は県の担当職員が我が家にやってきて「あーしようか、こうしようか」
何か開催した後は必ず夜明けのカラスの鳴き声を聞く時間まで飲み明かし(笑)
よくもまぁ、
体力とお金と夫の我慢が続いたものだと、今さらながらしみじみ。
足掛け3年の在任を終え、南国市の川村一成さんにバトンタッチ、
その後嶺北の『彦じい』こと川井さんに引き継がれ、
黒潮町の江崎太一くんを経て現在は室戸の高田くんが代表をしよります。
代表を退いてから数年後に巡ってきた、
第14回地域づくり団体全国研修交流会・高知大会久々に皆が大集合して切り盛りしました。
そんなこんなを語りあうため「元気者同窓会」に集まった面々。

思い出話にこじゃんと花が咲きました

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posted by 智子 at 17:31| 高知 |
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